次回は5月8日金曜日14:00からの放送となります。宜しくお願い致します。
謝罪の第5回目の放送が終わりました!ゲストが引き続きてくれました!来ていただきありがとうございます!。毎週金曜日14:00から14:30の放送となります。
ゲストは引き続き福島ユナイテッドのレジェンド、イッシーこと石堂和人さんです。
今回は大学から禁断の移籍のお話しまでのエピソードをお聞きすることができました。次回は町田への移籍のお話しをお聞きしたいとおもいます。福島にはいつ到着するのか?
5月1日第5回目の放送した曲は
オープニング曲 「ゴッド・ファーザー」 愛のテーマ
ブッコミ曲 Gabrielle – I Wish
この前がElisha La’Verne – I’m Not Dreaming (N43°Reimx)
そして、Soul II Soul – Back To Life (However Do You Want Me)につながる王道の流れでした。ほんとにいい時代でした。
BLUE ENCOUNT ユメミグサ
これは「青くて痛くて脆い」のエンディングテーマで流れた曲でした。
吉沢亮さんと杉咲花さん主演の映画で「人を傷つけないために、近づきすぎない、考えを否定しないという自己ルールを課す主人公田端と「四年間で、なりたい自分になること」を目標とした秋好が出会って、秘密結社モアイを作って世界を変えるという目標をもつサークルを作っていろいろな感情がめぐるような映画です。
青春の儚さや夢、後悔や希望など複雑な感情を美しく切ないメロディーで紡ぎ出し、<誰も見たことのない驚愕の青春サスペンス誕生>と謳われる映画タイトルですが、これは若干うつ映画でしょうね。
たったほんの勘違いで人はすれ違う、それに気づいても一歩前に進めない、それで良いのかを問いかけるような映画かもしれませんね。
まあ、そんなに悩むなよ。世の中、うわべだけのやつバッカばかりだぞと。それにあやかって、泥水ばっか飲んでいていいのか?と。
まあ、血は争えないんだぞ、と。変わるためには自分の人生、自分で決めろと。
あと歌詞は大人になんてなれやしないよ、大人になんてなりたくないよ。と。これでいいんですよ。これで。
Makaveli – To Live & Die In L.A.
我らが2PAC.誰がなんと言おうと2PAC .これを昼に流すというDJまさる。最強のDJです。
Scarface On My Block
westからSouthへ。
今回の石堂和人さんの移籍後半からようやく福島入りするまでのエピソードをまとめておきたいと思います。
⭐︎石堂さんのキャリア:松本山雅から町田へ
松本山雅には1年弱。シーズン途中で第1節終わって移籍したので、実質8ヶ月ぐらいで移籍した。
町田に移籍。その当時、関東一部リーグに所属していた。
4年ほどお世話になっていた。
⭐︎ JFL昇格と地域決勝大会の過酷さ
石堂さん:1番は1つ上のカテゴリーにJFLというのがあるんですけど、そこに昇格できたことが1番の思い出で。その昇格を決めた試合は石垣島で行われたので、充実した日々を遅れたなと。これは昇格したからだと思うんですけどね。
石堂さん:第1次ラウンドが3日間連続であって、その1週間後には。1次ラウンドは鳥取だったんですよ。1週間後にもう石垣島であるというので、鳥取からそのまま石垣島に入って。
みんなが一致団結して昇格を成し遂げたというのはすごくいい思い出かなと思います。
石堂さん:環境がガラっと変わるんでね。昇格するかしないかで。
2週間で6試合行う過酷さである。
石堂さん:その次の年に、Jリーグに上がるぞということで始まって、残念ながらスタジアムの基準とかがあって、Jリーグに上がれないということをシーズン途中で告げられて。
結局JFLのままであった。
⭐︎初めての戦力外通告:「ゼロ」の数字
石堂さん:人生で初めて、戦力外通告という。
石堂さん:僕の時は契約の時に紙を渡されて、金額がそこに書いてあるんですけど、そこにゼロという数字が書いてあって。契約満了ということで。
石堂さん:本当に想像もしてなかったので。来年もまた町田のために、応援してくれる人のためにやれると思ってた矢先だったので。何が起きたんだろうという感覚でしたね。 家族にも話さなきゃいけないし、普通の人ではできない経験を、逆に言うと今だから言えるんですけど、させてもらったなとポジティブに。それがあったからこそという場面にもう何回も出会えたんで。もちろん1番は自分の実力不足でそうなったのは間違いないんで、その中でもポジティブに捉えることが今はできてるかなと思います。
⭐︎福島ユナイテッドへの移籍と「熱意」
石堂さん:ありがたいことに4チームからオファーはいただいて。
石堂さん:チームメイトのおかげだし、監督さんが僕を使ってくれてた中での結果だと思うんで。その中で、福島さんが1番初めに手を挙げてくれたというところと、今の代表である鈴木代表が熱心に誘っていただいて。 当時の監督の手塚さん、コーチの時崎さんも含め「絶対うちに来い」と言ってくれた熱意で、来させていただくことを決断しました。 1番の理由としては、両親の後押しだったり、奥さんの「好きにしなさい」という一言でふん切りがついたというか。1回の人生なんだからというところで後悔ないように。その年はもう29歳の年だったので。
石堂さん:出会いってね。僕本当につくづく思うんですけど。なんでこれを大事にできない人がいるのかっていうのはちょっとね。考えていきたいなとは思います。
石堂さん:出来事というよりは本当にたくさんの人にお世話になったなというところで。どうしたら恩返しができるのかなと考えた時に、「長く選手でいることかな」という答えがその時には僕の考えの中にありました。そこで与えられるものって何なんだろうなと考えながら、というところですかね。
次回からはようやく福島ユナイテッドに移籍したエピソードについてお聞きしたいと思います。来週もお楽しみに。
