こちらでは様々なアスリートの方々からお聞きしたアスリート自身のターニングポイントとなった時のお話のアーカイブコーナーです。音声を文章にてお楽しみいただけます。
第4回目放送のターニングポイント
石堂和人さん 「移籍の時に感じたこと」
「たくさんの人に本当に支えられたっていう瞬間。それを感じられたってことっすよね。はい。まあこれは後になってね、あの自分が思い返した時に感じられたことなんですけど。まあその時に、まあ多分今のね、若い選手たちの中でもいるとは思うんですけど、まあそういう時こそ、あの仲間のためだったりチームのためだったりとかっていうのは、どれだけ支えられてる人がいる中でプレーしているんだっていうのは感じてもらいながら、あの選手生活をね、送ってもらった方が絶対にプラスになると思うんで。」
第5回目放送のターニングポイント
石堂和人さん「たくさんの人に」
初のコーナーアナウンスを行ったのですが、声が上手く変わらず、放送事故になりました。謹んでお詫び申し上げます。後日パトランプから謝罪がございます。
出来事というよりは本当にたくさんの人にお世話になったなというところで。どうしたら恩返しができるのかなと考えた時に、「長く選手でいることかな」という答えがその時には僕の考えの中にありました。そこで与えられるものって何なんだろうなと考えながら、というところですかね。
第6回目放送のターニングポイント
石堂和人さん「長く選手でいること」
再度のコーナーアナウンスを行い無事エコーがかかりました。
福島来てからの1、2年っていうのは、まあ自分のことというよりは本当に福島ユナイテッドが存続できたっていうところが一番のポイントだったかな。でそのチームに残る決断をして、本当にたくさんの人たちで作り上げられたチームにいれるっていう、感謝の気持ち、一番のポイントかなと思いますね。そこでプレーできる喜びだったりとかっていうのは、常に持ちながら、サッカー選手として上を目指せたっていうのは、僕の中ではターニングポイントだったんじゃないかなと思います。
第7回目放送のターニングポイント
石堂和人さん「経験から学んだこと」
人生で一回だけ「戦力外通告」というのを経験した時ですね。やっぱり後悔しかなかったんです、その時に。何の後悔かというと、「もっとやれた」とか「もっとああしておけば良かった、こうしておけば良かった」という。そうやって後悔している時に、やっぱりそれだけやれていなかった自分に気づけた。だったら日々、後悔せずに生きていきたいな、何事にもやりきって一日を終えたいな、という風に考えが変わりました。そういう人生を歩みたいと思えたのが、僕の人生の中で今大切になっている部分かなと思いますね。
第8回目放送のターニングポイント
石堂和人さん「指導者から学んだこと」
そうですね、ターニングポイントになるかどうかは分からないんですけども、そのユースに、1期生で入ってきた選手たちがトップチームのトレーニングに参加したときに、ある程度、通用するというか中に入ってできてるなっていうところを実感できたときに、あ、この方針である程度まではいけるんだな、と。でもトップチームの選手になるためには何かが足りないっていうところも気づけたのは指導者として1つ、レベルが上がったというか、意識する部分を変えれたんじゃないかなっていうふうには思いますね。
本当に呼んでいただいた監督だったり、強化部の皆さんには感謝でしかないです。あとは選手3人ですね。あの、2種登録と言ってトップチームの、試合にも、登録もさせていただいた中で結局、トップチームの選手にはなれずでしたが、大学に行ったり社会人のクラブに行ったりっていう選手までは来れたのは僕の中では、少し自信になったかなっていうふうには思います。
本当にジュニアユースのときに見せてた選手があの福島に帰ってきてスクールのコーチをバイトでやってくれたりとか、あとは、ボランティアで、ホームゲームのお手伝いに来てくれたりとか。
こういう福島愛がある選手たちが、また大学で出て東京に出てっても、また福島に戻ってきてくれるっていうのは本当にいい環境、いい関係性が築けたんじゃないかなっていうふうには思いますね。